第二百九十三夜 人力検索の正義の話をしよう 其の三 〜質問者の論理〜

 


一年以上前の記事なのだが最近また注目を浴びてホッテントリ入りしている記事がある。
 
http://www.aoky.net/articles/daniel_pink/dan_pink_on_motivation.htm

やる気に関する驚きの科学 (TED Talks)

僕の初見は昨年だったのだが、とても面白く読ませていただいたとともに、多少なりとも自分のこれまでの価値観をひっくりかえしてくれたパラダイムシフトな記事だった。もちろん自由な発想は報酬の多寡に依存しない、ということは頭では理解できるのだが、いざ実際にそうだと断定されると、なんだか背中のあたりがむず痒かった覚えがある。ここ数日、再びホッテントリ入りしているのを見てその感情を思い起こすとともに、ある程度消化できている自分がいることにも気づいた。
 

話は変わるが(一応繋がるのだが)人力に面白い質問があがった。
q.hatena.ne.jp/1292290149

くだらない回答者を見分ける方法を教えて下さい。

二行目以降も質問文は続くのだが、僕が注目したのは人力の本質を言い当てているこの一行目。
 
質問者がこれまで求めてやまなかった"くだらない回答者を排除する方法" があるのかどうか、あるのならそれはどうやるのか、である。
(ここから先の記述は、この質問そのものに対する回答ではないし、大人の事情もあるのでリンク・トラバは敢えて行わない)
 
上の記事を読んだ人なら僕がこの先どういう論展開をするのかはお分かりだろうと思う。


幸いにして僕は"人力検索はてな"では、それなりに良回答を集めさせていただける質問者であると自負している。余程の難問でない限りは回答が無い、ということは無いし、毎度毎度注目質問に上げていただき、質問が終わったあとにも追跡調査の結果を知らせていただけることも少なくない。

その僕が考えるに、"くだらない回答をオープンしないで見分ける方法"は、存在しない。
(一時期人力を荒らしたブランドスパマーレベルまで酷ければ話は別だが)
過去にどんな低質な回答をつけていたとしても、今回自分に投稿された回答がやはり低質かどうかを質問者が判断する術は無いのだ。(回答者本人なら分かるんでは、という突っ込みもあるだろうが、ここでの主体はあくまで質問者なので、嘘つきパラドックス問題をご存知なら理解いただけると思う)
 
では、オープンしないで低質回答を判別できないのであれば、質問者には打つ手はないのか? 低質回答者にやられるがままなのか?
 
そうではない。やりようはある。

良回答を集め、それを評価することで(逆に低質回答に駄目出しをすることで)、そもそも低質回答がつきにくくすることができるのではないかと、僕は常々考えている。
それは一見地味だし、手間がかかる。
 
でも人力検索で本当に有用な回答をしてくれる常連回答者が求めるものっていったいなんなんだ? と突き詰めるとそれはポイントでも定型のありがとうコメントでも、意味なく大量につくスターではないな、と最近思う。
 

 
人力検索において「本当にやる気を引き出してくれる質問」は単独の質問一個ではなかなか成立しない。(ものすごくキャッチな内容で面白ければ成立したものも過去にはあるが、本当にそれは稀だ)
 
ほんの一センテンスでもいい、一回答者と一質問者としてのコメントの受渡が成立したかしないかでも違う。
 
明らかに駄回答と思われるものと他の回答に、ポイントの差をつけて(手配分したか)でも印象は随分違う。(ポイントの多寡はこの際問題ではない)

"いるか"をどのように選定したのか、その任命権者の説明責任を果たしているか否かも随分と好感度を変える。
 
 
どれが一番効果的とか、どれをやれば10人中5人には効果がある、とかそういう問題ではないので、敢えて羅列で記述した。そもそもそういう"テクニック論"で"回答者のやる気"が引き出されるのではなく、質問者が持っている"回答に対する真摯さ"が表出した行動かどうか、が一番肝心だと思うからだ。
 

くだらない回答者を見分ける方法はない。
ただし、いい回答を集める方法はある。
方法というよりは信念に近いけれども。