第百二十夜 湘南

関東出身ではない身にとって「湘南」という地名はとっても分かりにくいです。いったいどこからどこまでが湘南なんでしょう? 茅ヶ崎に行った時にはあきらかに「ここらへんは湘南」という言い方を地元の人はしていました。車も湘南ナンバーです。景色も歌に聞く湘南海岸ぽくてサーファーが自転車にサーフボードを乗せて走る様はいかにもそれっぽいです。

調べてみました。

まずは由来・・・
http://www5d.biglobe.ne.jp/~shocoma/tp/guide.htm

中国の湖南省に美景に富む「洞庭湖」という湖があります。湘江」と「●江」という川が交わってこの湖に注ぐところを「●湘湖南」といい、ここの八つの景色(山市青嵐、漁村夕照、●湘夜雨、遠浦帰帆、烟寺晩鐘、洞庭秋月、平沙落雁、江天暮雪)を「●湘八景(しょうしょうはっけい)」といいます。また湘江がある洞庭湖の南の地方を「湘南」といいます。中国には●湘八景を題材とした絵画や詩文が多く日本でも鎌倉時代末期から主に水墨画で描かれ近江八景や金沢八景などが●湘八景にならって名勝として選ばれました。鎌倉時代には禅宗臨済宗、曹洞宗)が広まり中国から来朝した渡来僧や●湘八景に憧れをもった日本の学僧たちが相模湾一帯を●湘八景に似ているとして湘南と呼んだという説があります。相模の「相」を「湘」に、さらに相模国(神奈川県の横浜、川崎以外の地域の昔の名前)の南であることから「湘南」と記すようになったようです。 江戸時代初期、1664年頃に小田原の崇雪という外郎(外郎=ういろう 丸薬)商人が大磯の鴫立沢に鴫立庵という草庵をたて標石に「著盡湘南清絶地」(盡=尽きる、絶=かけはなれた 湘南はすばらしいところであると記す、といった意味)と記したのが湘南という言葉を確認できる最古のものとされています。木庵(渡来僧 1611〜1684)が箱根町の長興山紹大寺で作った「湘江雪浪」という詩では相模湾一帯を指して「湘江」と呼んだ記録があります。また禅僧鉄牛(1688〜1703)が海老名市の瑞雲山竜峯寺で作った詩では相模川を「湘川」、「湘浦」と呼んでいます。江戸時代の相模に関する詩文では「湘東」、「湘水」、「湘岳」、「湘峡」、「湘川」といったことばがあり湘東は鎌倉付近を、湘水は「湘水ノ浜」と書いて相模の海辺を、「湘岳」、「湘峡」は霊山大山(伊勢原市にある山)を指しています。

元ネタは中国の風光明媚なところ、それに似ているから「湘南」と名づけたとのことです。湘は水を表すので水の南側、ということなのでしょうが、その水がどこを指すのか・・・、
http://www.toretate-shonan.com/rekishibunka/histryculture.htm

中国の川に「相江」という川があり、これを日本の川になぞらえたということらしいのですが、この川の南側は風光明媚な場所であったということです。この川を、相模川をあてはめるか、花水川をあてはめるか、はたまた多摩川をあてはめるか見解は色々で定説がないようです。誰もがご存知のように、江戸時代以前にに、「相模の国」や「武蔵の国」のような、「湘南の国」はなかったのです。

決まってないようです・・・・そりゃいろいろ揉めるわな。

でもどこからどこまでが湘南なのか・・・分析しているサイトは多々あります。それがこの問題のおもしろいところ。
http://www.shonanmonogatari.com/monthly/tokusyu/doc/case2.html
諸説あげてますね。
http://www.tokyo-np.co.jp/hatena/20021025.html
町に住む人に「自分の住むところは湘南か?」という質問を繰り返した結果。なかなか面白い。
http://www.shonan-jutan.com/diary008.html

私が育った藤沢の友人たちは、たいていこう言ったものだ。「茅ヶ崎から葉山までの国鉄(JR線)より南」。

取り敢えず酒の肴にはもってこいという話。

湘南の歴史・・・というか有史以前にまで遡ってますが・・。
http://www.shonan134.com/chiteki/history.html

で、湘南ナンバーなるものが出てきますが、これの範囲はというと・・・
http://aneo.web.infoseek.co.jp/carinfo/utiwake.html

<湘南ナンバー>
平塚市藤沢市、小田原市茅ヶ崎市秦野市伊勢原市

ということになってます・・・、うん秦野って湘南なの? 丹沢ナンバーの方が雰囲気あってる気がするんですが。
同じように思う人はいるらしく、

箱根町も何故か湘南ナンバー。行政上の区分と実状との乖離を否めません。箱根町の方の中にだって、「何で箱根が湘南ナンバーなんだ」と思っている方もいると思うんです。

http://www.kanshin.jp/hayama/index.php3?mode=keyword&id=328196
という意見もあります。

湘南市の構想が出たときもいろいろ問題がでたようですが、
相模湾沿岸6市町(藤沢・茅ヶ崎・寒川・平塚・大磯・二宮
の三市三町で結構真面目に考えられていたようすが、それぞれの思惑が食い違った結果、頓挫してしまいました。
http://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/kikaku/shonan/index.htm

まあ、その方がよかったろうとは思いますが。
私の地元も淡路島を一つの行政区画にしてしまおう、という超乱暴な区画整理が構想され、結果分裂してしまったようです。まあ自分の地元の名前が消えてしまうのは悲しいもんですし、それはそれで一つの形かな、と。

でも湘南、名前はそういう行政区画とは全然別のところで発生して、その土地が好きな人たちの手で守られてはぐくまれてきた名前だと思えるので、湘南の名前をどこか固定した範囲に区切ってしまうのもまた、残念だと思うのです。
湘南というのはそもそも「地名」ですらなく、そこに住む人たちの地元愛が作ってきた言葉だと思うので・・・。

ところで僕が初めて「湘南」という言葉を知ったのは「湘南暴走族」by藤沢とおる でした。だから湘南といえばゼファーが走り回ってそうなイメージが・・・世代の違いかなあ・・・。