あるぴにっくすの人力検索着想ノート其の一

人力検索に関する記事は今じゃないと書けない気がする。
おそらく第一線を離れて数か月も経てば、ヒリツクような緊張感の中で質問していた感覚を忘れちゃうと思う。
そうなってから書いた文章には余り意味は無いと思うんだ。

 
前の記事でああは書きましたが、今の人力検索でこそ楽しめる質問だってきっとあるとは思います。それを見つけるのはもう僕でないのかな? というのが前回の記事で書きたかったことなのかもしれません。暫くすればここの書き込みも人力検索関係の話題から離れていくのかもしれないですが、今暫くは余韻に浸るように、まだ記憶が鮮明な内に徒然なるままに書き残しておこうと思います。いわゆる舞台裏ってやつです。
 
2010年に質問主体のユーザーになる、と決めたときにまず考えたのは「注目される質問を作らないと意味がない」ということでした。質問そのものの完成度や美しさを誇ってもしょうがない、そもそもは「面白くて、オリジナリティのある、そして他のユーザーが真似したくなるような質問」を数多く作り出さないと人力検索は盛り上がらない。そのことを主眼に置いていたからです。
今後、一人でも僕の質問を真似して人力検索を盛り上げてくれる人がいれば、それは嬉しい限りです。
 
さて、「人力検索着想ノート」と題したのは、せっかく人力検索で質問するコツを掴んだ(と僕は思っている)のにそれを残さない手はないかな、ということで、自分なりのまとめや、「あの時は実は」などの振り返りをしておこうと思ったからです。
 
別に誰が見てるとも思っていないですが、数か月後・数年後に人力検索でうまく質問したいなあ、と悩んでいる新米質問者さんが土中から発掘した化石やモノリスのように、参考に/反面教師に、使ってもらえたらいいなあ、との希望的観測くらいは持っています。
 
■注目質問に挙がるには
人力検索には多くの質問が上がりますが、注目質問に挙がるのはごくわずかです。注目質問に挙がるかどうかはウォッチリストに入っている人数により決まります。ページ閲覧数とかは一切関係ありません(2011年10月現在)。更新時間が大体2時間おきくらい、というラグがありますが、それは誤差の範囲とみていいと思います。というのもウォッチリストはブクマと違って瞬間的に跳ね上がることは稀で、数日かけてじわじわと上がっていくものだからです。
以下私の推測も混じっています。
 
ウォッチリストを活用するユーザーというのは人力検索をかなり使いこなしているユーザーです。その目的は第一に「質問の結果を見たいから」が多数だと思われます。回答したいから、という理由で入れるユーザーの方が少数だと思われます。それは「回答するならその場で回答しているから」であり、あとからゆっくり考えてというパターンでBAにたどり着くことが少ないからでしょう。
 
リニューアル前であれば後から回答するために、ということもあったかもしれませんが回答即オープンの現状では後から回答するためにウォッチリストに入れる、というユーザーは更に減少しているようです。リニューアル前は20ウォッチャー程度集めないと注目質問のトップにくることは珍しかったのですが、リニューアル後は10〜15程度で十分トップにランクインします。ユーザー層そのものが変わったことも大きく影響しているでしょう。
 
さて、この注目質問ですが、リニューアル前は7日間、つまり質問が終了するまで固定でした。リニューアル直後はロジックが複数回に渡って変更され、7月ごろに今の「登録開始後5日間程度の質問が対象」に落ち着いています。(2011年10月時点)これはまたしばらくすると弄られるかもしれませんが、当面はこの「5日間」という線で検討すべきでしょう。
 
ウォッチリストを集めるためにはポジティブなウォッチャーを集める必要があります。できればリストを公開しているようなユーザーに追加してもらうとより効果的です。ちなみにリニューアルに際していくつか言われることがありますが、この「ウォッチリストに追加する」のUIは以前に比べて格段に向上している、と私は思っています。画面遷移しない分、確実に追加されやすくなっているはずだからです。回答即オープンのため「継続してウォッチするユーザー」が減っていますが、それだけに魅力ある質問ならウォッチャーを集めることはできると僕は思っています。
 
・地味な作戦
地味な作戦ですが、やはりまず「自分がリストに入れる」(笑)は重要です。0と1じゃ見た目も大きく違います。あとはタイミングです。経験的には夜中より昼間の質問投稿の方がいいようです。それはリスト画面1ページ目に表示される時間帯の関係ではないかと思っていますが確かなことは言えません。あとは100でいいからポイント付きにすること。
そして一番重要なことは「投げっぱなしにしないこと」です。
 
最も重要なウォッチャーは「リピーター」です。あるぴにっくすが毎度毎度、注目質問の上位に質問を上げることができたのは過去の質問に参加してくれたユーザーへの返信や質問のフォローがあったからだと確信しています。
http://q.hatena.ne.jp/1290007944#a1047487

今では質問登録してるのを見たらとりあえずウォッチリスト入れておけ!時間あって答えられそうなら回答するぞ!なユーザーの一人でありますので、もっと前から知っていればなぁと思ったりなんかしちゃったりして。

じんま会総裁のgoldwellさんからこのコメントをもらったとき、僕は嬉しかっただけでなく、とても重要なヒントをもらったと感じていました。
リピーター確保が注目質問への一番の近道であるということ 
 
経験的に質問と質問の間隔を開けると、どんなに自分が自信のある質問だったとしても空振りに終わったり、ネガティブ要素が多い質問だと敬遠されたりすることがありました。それは裏を返せば、継続的に「とりあえず入れとけば面白いことが起きそう」という質問を投下して、ウォッチリストにいつもあるぴにっくすの質問を追いかけさせることができれば(つまりブログでいう継続読者です)、注目質問に上がる確率が上がる、ということです。
 
そっちの方(「とりあえず入れとけば面白いことが起きそう」という質問を作ること)が本質的には難しいんでそれはまた改めて次回に。
 
感覚的には1週間から10日。それは注目質問の期間が5日間であることに起因します。それ以上質問投下の間隔が長いと回答者から忘れられる恐れがあります。
 
ベストアンサーをつける、配点に傾斜をつける、回答に返信をつける、といった基本的なことは当然押さえて、という前提ですよ。
あと重要なのは(もちろん僕はポーズでやっていた訳ではないですが)、ダメな回答をした回答者への対応です。他の回答者と同じに駄目な回答を扱うのは、質問者への信頼度を低下させるのでとても危険です。なので対処は常に難しいです。
一番難しいのが、悪意の無いダメ回答。次に繋がってくれるようにやんわりと窘めることも多いですが、大抵はファーストコンタクトであることが多いので、何回かに一回は反発があります。でも一々気にしない。
 
そういうユーザーこそ(回答拒否には入れずに)次を待つようにしていました。
 
ということで、纏めると
・定期的に質問を挙げる
・ネガティブ系の質問は避ける
・リピート閲覧者を大切に
・質問の良し悪しには敏感に対応
 
といったところです。面白くないですね(笑)。
 
ということで次は、どうやって「とりあえず入れとけば面白いことが起きそう」な質問を作るか、に移りたいと思います。
といっても「普段の生活の中に"何故?"を取り込むだけなんですけどね」
 
以下次回
 
 

第二百九十五夜 断質宣言への軌跡 

人力検索はポイントを貯めるためのサービスじゃないと思うんだ。じゃあ何かって?  
知的好奇心はすべてに勝る快楽だと知っているからさ。 

 
alpinixは2009年の後半に、久々に人力検索に戻ってきました。
それまでもちょこちょこと実務の質問をすることはありましたが、登録直後のような人力検索をコミュニティツールとして使うのは数年ぶりだったように思います(2007年の4月を最後に実務的な利用にシフトしていますね)。
そういう意味ではalpinixの人力検索としての活動最盛期は2004年から2006年でした。
それは、その頃が最も人力検索はてならしい面白味のエッセンスが詰まっていた時期だからではないかと感じている自分がいるからです。それはどうしようも無い。懐古主義なのは重々承知の上ですけどね。
 
2009年の復帰時に過去ほどの楽しさが人力検索から失われていたことに、本当の意味で気が付いたのは復帰後、半年ほど活動したのちのことでした。
http://d.hatena.ne.jp/alpinix/20100120

さて、私事の忙しさとの兼ね合いもあって、人力もダイアリーも休止したり再開したりを繰り返していたのですが、今回の再開(人力回答2009年9月頃〜)では過去に体験したようなワクワク感はなりを潜め、どちらかというと某巨大掲示板のノリが混在した初心者には敷居の高いサービスだと感じている自分に気づきました。ある程度古参ユーザーと呼ばれるユーザーがなんとなく横に繋がりメインストリームをはっていて、その上を滑るように情報を求める新参者が入れ替わり立ち代り入ってくる。悪質回答者をバッシングする流れは以前よりも先鋭的になっている感があり、新しい遊びを開拓するよりも「過去の面白かった企画」を懐かしむような質問が目立つ。
 

要はつまんなくなったということです、人力検索が。


何故つまんなくなったのかという論争は、別な話なので、おいておきます。(個人的には結論はでているのでこの先わざわざ言及する必要もないとは思っています)
 
このとき僕が強く思ったのは「まだ人力検索もユーザーの力で盛り上げ直せるんじゃないか?」ということでした。(今でも思ってはいます。)
数は少なくとも、人力検索の最盛期に活躍していた名の知れた優良ユーザーがある程度は残っていました、今以上に。
でもこのまま個々に活動していくと、恐らく「限界集落化」するだろうことも容易に想像できました。
 
おこがましいですが、昔の人力検索に活気があった時代のコンテンツを知っているalpinixなら、今のユーザーに人力検索の楽しみ方を教えてあげられるんではないかな? と考えたのです。
当時の人力検索を盛り上げるのに最も必要な要素は「魅力ある質問を増やすこと」だと僕は結論づけていました。(決して有能な回答者が不要とかいうわけではなく、当時はまだそちらは数が揃っていたからです。敢えて挙げませんが、まだ「これは勝てねえ!」と思える回答者が現役で複数いらっしゃいました)
 
そこで2010年春ころからはalpinixは主に「質問者」として人力検索にかかわっていくことにしました。
実験質問が多かったのは、そういう理由が大きいです。
もちろん自分が楽しむこともモチベーションの維持に大いに必要でしたが。
 
以来、うごメモユーザーの2010年の流入を経て(当時は個人的にはチャンスだと思いました。うまく定着してくれたユーザーは結果的には少なかったですが)、いくつかの小山はありましたがそのまま2011年のリニューアルに向かっていきます。その間、質問者としての師と密かに仰いでいたlionfan氏も頻繁に登場されるようになったものの、それと表裏を合わせるように衰退の影(ユーザーの固定化)も感じていた時期でもありました。
 
あちこちで書きこみしていますがリニューアル自体は僕は賛成でしたし、それ自体は避けて通れなかったと今でも思っています。手を打たなければいづれ、UUは尻すぼみになり、古参のヘビーユーザーも徐々に遠巻きになっていったでしょう。10年前と違って、Q&AサイトにPCからログインする、というスタイル自体が所謂「オワコン」になってしまったのかもしれませんが、それを無視しても、新らしい血の取り込みが進まなかったのが一番の要因だったと思います。
 
断っておきたいのは、断質宣言は、質問者としてのalpinixの限界を感じたからであり、これ以上今のシステム上で魅力的な質問を出し続けることは難しくなったからです。決して今時点での人力検索が悪と決めつけるものではありません。
 
そこに到った要因は自分でも判然とはさせていませんが、回答ユーザー層の移り変わりでもあり、回答即オープンでしか質問を登録できない現状に対する自分の無力さでもあり、モチベーションを維持してきた優秀な他の質問者の喪失であったり、いろいろ複合的な問題です。
 
最後に3つ纏めて質問したのは「これが今のalpinixが出せる精一杯」です。これからの人力検索に何かいい影響を与えられるような質問を一つ、今の人力検索のシステムにマッチしていると思われる質問を一つ、そして自分が拘ってきた「回答を伏せた状態で真価を発揮する質問」を一つ、質問登録5日目には一日だけですが注目質問のベスト3を独占することができたようで、質問者冥利につきます。
 

人力検索がリニューアルされてからそろそろ4カ月が経過します。
http://q.hatena.ne.jp/1317010160

■【続きを創造してみよ】
http://q.hatena.ne.jp/1317009089

■【漢字を創ってみよう】
http://q.hatena.ne.jp/1317008193
 
おそらく、現段階で人力検索であるぴにっくすが残せる、最良の質問だと思います。相乗効果もあってわずか一日でも注目質問を独占したのだと思いますが、これが最初で最後なので許してね。
(今までは自分の質問が上位独占したり画面占領しないように間隔を開けてました。捌ききれないという切実な理由の方が大きかったりもしますが)
 
SEO屋との戦いはこれからも長く続くでしょう。
新参ユーザーへの教育はそれこそ永遠の課題だと思います。
Webユーザーの変遷によるシステムや仕組みの改編の波はもっともっと荒くなるでしょう。 
 
それらへの対応に、今は出せる矢が尽きてしまいました。(とかいいつつSEO屋にはちょっかい掛け続けると思いますが)
 
いつ頃からこういう風に思っていたか、自分でもよく分かっていないのですが、こんな記述を見つけました。
 
http://q.hatena.ne.jp/1290007944#a1047916

僕は元々はダイアリからスタートしたので人力に飽きたり人力がなくなったりしたらダイアリに帰っていくのだと思っていますが、今は人力にパワーを注ぐべき時期、と割り切って少ないリソースを投入しています。なので遊べる限りは遊んでもらえると嬉しいです。

 
僕はスパッと「明日からは退会!」というような英断はできないクチです。
おそらく暫くは回答やコメントで少しは参加しつつじわじわと離れていくのでしょう。
 
誰かのためではなく、自分の気持ちに整理を付けるために、今回、これだけは宣言しておきます。

あるぴにっくすはハテナ内での活動の自重を大きくシフトすることになりました。
おそらくハイクやダイアリー、ブクマの方になるでしょう。
ネタ質問で皆さんに会えなくなるのは寂しいけど、まあ新しい何かを見つけ出しますので、その時はまた遊びましょう!
 



※こんなこと書きつつ、来週にも質問してたらやだなー。

第二百九十三夜 人力検索の正義の話をしよう 其の三 〜質問者の論理〜

 


一年以上前の記事なのだが最近また注目を浴びてホッテントリ入りしている記事がある。
 
http://www.aoky.net/articles/daniel_pink/dan_pink_on_motivation.htm

やる気に関する驚きの科学 (TED Talks)

僕の初見は昨年だったのだが、とても面白く読ませていただいたとともに、多少なりとも自分のこれまでの価値観をひっくりかえしてくれたパラダイムシフトな記事だった。もちろん自由な発想は報酬の多寡に依存しない、ということは頭では理解できるのだが、いざ実際にそうだと断定されると、なんだか背中のあたりがむず痒かった覚えがある。ここ数日、再びホッテントリ入りしているのを見てその感情を思い起こすとともに、ある程度消化できている自分がいることにも気づいた。
 

話は変わるが(一応繋がるのだが)人力に面白い質問があがった。
q.hatena.ne.jp/1292290149

くだらない回答者を見分ける方法を教えて下さい。

二行目以降も質問文は続くのだが、僕が注目したのは人力の本質を言い当てているこの一行目。
 
質問者がこれまで求めてやまなかった"くだらない回答者を排除する方法" があるのかどうか、あるのならそれはどうやるのか、である。
(ここから先の記述は、この質問そのものに対する回答ではないし、大人の事情もあるのでリンク・トラバは敢えて行わない)
 
上の記事を読んだ人なら僕がこの先どういう論展開をするのかはお分かりだろうと思う。


幸いにして僕は"人力検索はてな"では、それなりに良回答を集めさせていただける質問者であると自負している。余程の難問でない限りは回答が無い、ということは無いし、毎度毎度注目質問に上げていただき、質問が終わったあとにも追跡調査の結果を知らせていただけることも少なくない。

その僕が考えるに、"くだらない回答をオープンしないで見分ける方法"は、存在しない。
(一時期人力を荒らしたブランドスパマーレベルまで酷ければ話は別だが)
過去にどんな低質な回答をつけていたとしても、今回自分に投稿された回答がやはり低質かどうかを質問者が判断する術は無いのだ。(回答者本人なら分かるんでは、という突っ込みもあるだろうが、ここでの主体はあくまで質問者なので、嘘つきパラドックス問題をご存知なら理解いただけると思う)
 
では、オープンしないで低質回答を判別できないのであれば、質問者には打つ手はないのか? 低質回答者にやられるがままなのか?
 
そうではない。やりようはある。

良回答を集め、それを評価することで(逆に低質回答に駄目出しをすることで)、そもそも低質回答がつきにくくすることができるのではないかと、僕は常々考えている。
それは一見地味だし、手間がかかる。
 
でも人力検索で本当に有用な回答をしてくれる常連回答者が求めるものっていったいなんなんだ? と突き詰めるとそれはポイントでも定型のありがとうコメントでも、意味なく大量につくスターではないな、と最近思う。
 

 
人力検索において「本当にやる気を引き出してくれる質問」は単独の質問一個ではなかなか成立しない。(ものすごくキャッチな内容で面白ければ成立したものも過去にはあるが、本当にそれは稀だ)
 
ほんの一センテンスでもいい、一回答者と一質問者としてのコメントの受渡が成立したかしないかでも違う。
 
明らかに駄回答と思われるものと他の回答に、ポイントの差をつけて(手配分したか)でも印象は随分違う。(ポイントの多寡はこの際問題ではない)

"いるか"をどのように選定したのか、その任命権者の説明責任を果たしているか否かも随分と好感度を変える。
 
 
どれが一番効果的とか、どれをやれば10人中5人には効果がある、とかそういう問題ではないので、敢えて羅列で記述した。そもそもそういう"テクニック論"で"回答者のやる気"が引き出されるのではなく、質問者が持っている"回答に対する真摯さ"が表出した行動かどうか、が一番肝心だと思うからだ。
 

くだらない回答者を見分ける方法はない。
ただし、いい回答を集める方法はある。
方法というよりは信念に近いけれども。

原稿落ちしました。 強くなければ回答者として生きていけない 優しくなければ質問する資格がない

第二百九十三夜 人力検索の正義の話をしよう 其の二

随分を間を空けてしまい、最早期待して待っている人もいないだろうという頃に書き加えようと思っていたのだが、meeflaさんから督促のトラバを頂いたのでWCUP終了したことでもあるし、そろそろ追記しようと思う。
真面目に考えてはいたのだけどまとまった時間がとれなくて(人力質問投下したりと)遊んでしまってました。  

(前回からの続き・・・)

「何でもいいので回答してください。必ず全部開いて均等オープンします」

という質問があったとしよう(現実にあったが)。

 

ちょっと人力検索をかじった方なら、この質問がどれだけ質問者にとって論外なことをやっているかはすぐ理解できる(何を書かれてもキャンセルせずにポイントを配分しなければならないからだ)。

毎度毎度、この手の質問が上がるたびに一般的な質問なら「無効な回答」と言える回答が大量に投稿される(中にはそれでも質問者を何とか満足させることを狙った回答もあるが)。

もしこの質問についた解答が全て「何でもいいと聞いたので書きました(はあと)URL://だみー」が100件だったとしよう。そして質問者がキャンセルしたとする。

 
回答者の立場からみてポイントが配分されないのはおかしい、と100%の自信を持って質問者を非難できるだろうか?

alpinixはこの質問自体が不正義ではないのか、ということから考えた。
 
設問自体が矛盾を含んでおり、回答者の回答を尊重する意向が、少なくとも文章からは感じ取れないからだ。あるユーザーから「人力のいいところは回答が当初は閉じられているところがあるのでは」という指摘がいただいたことがあったが、開いた回答に対して質問者が回答者の回答を正しく評価するフォローを入れるのならともかく、自己矛盾を孕んだこのタイプの質問は、それだからこそ二重にキャンセルは許されない行為ではないかと考える。
 
だが一方で(質問者の正義のパートだが)、この手の質問に矛盾を含んだ設問内容に回答した回答者本人にも、その内容が適切でなければキャンセルを非難する資格はないだろうと考える。
回答内容が「何でもいいと聞いたので書きました(はあと)URL://だみー」の回答者にポイント配分されないのはおかしい、と声を上げる権利は無い。回答者が回答者の尊厳と義務を踏みにじっておいて、その権利だけを主張する行為は正しくないだろう、というのが私の考えだ。
 
この問題には異論もありそうだと思う。私は私の意見に誇りを持ってはいるが、他のユーザーがどう考えるかは分からないし尊重すべき意見もあると思う。サンデルの授業風に人力で質問(いわしが妥当か)してみても面白いかもしれない。(純粋にどんな意見が集まるかを見てみたい)
 

犯罪関連の質問は不正義か
http://news.livedoor.com/article/detail/3790598/
過去に実際にあった話だが、犯罪者が自分の犯罪行為や行為の証拠を隠匿しようとしてその手法を(回答者には分からないように)質問していた、という行動があった。
 
この場合は挙手を求めるまでも無く、質問者に正義は無い。そもそも法的にも逸脱した行為の片棒を担がせようとしているのだから、論争するまでもないだろう。
 
では条件を逆転させてみたらどうだろうか。

質問者のスタンスが犯罪行為の糾弾者だった場合だ。
 
以下下書き

第二百九十二夜 人力検索の正義の話をしよう

(追記:スターが付き始めたのでプレッシャーかかるな(笑)。この手の話題はタイミングを誤ると自治厨扱いされるので、本書が話題になったのを受けて、今のタイミングでエントリーしておくことにしました。追記、書き直しが多くなるエントリーだと思いますので、完了まで少し時間がかかると思います。ご容赦下さい。)

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

画像はマイケル・サンデル氏の「Justice」です。細かい説明は不要でしょう。
ハーバード大学で最も人気のある(文字通り毎回講堂が満席になるほどの)、名物講義である「Justice」。本書は、同大学が人気の高い本講座の公開放送を行ったことから一般にも話題となり、書籍化に当たって不足部分が補完された内容になっています。
 
哲学の書籍でありながら、現代人が直面しうる様々な課題・難局を織り交ぜ「正義に関する自分自身の見解を批判的に検討する」ための強力なツールとなりうる作品である。本書の批評や解説はネットに溢れているのでわざわざalpinixが拙い解説文を載せるまでもない。
一言だけ、この後で論じることになる話題のために内容を紹介しておくと、マイケル・サンデル氏は本書の中で市場原理を追求する功利主義リバタリアンを完全には否定しないものの、それだけで判断できない局面があることを例示することで、「金では買えない倫理や何か高貴なものが世の中には存在し、現代の正義はそれをもっているべきである」、と主張しているようだ。
 
さて、本書の内容に触れるのはこの辺で切り上げて、本題であるタイトルの件-人力検索の正義の話-に進もう。
 
一般的な正義とは何か? を考えたり、この本に関する書評を探すなら他にいいサイトは多く出てくると思うが、はてなユーザー人力検索に関して「何が正義と考えられるのか?」を問うエントリーは恐らくこの先待っていても出てこないだろう(ユーザー減もその一因ではある)。

もしかしたらalpinixが取り上げなければ問われることはないかもしれない、ということで、これまでalpinixが経験した内容を検証しながら、「何をもって人力検索の正義」とされるのかを検証したいと思う。
記述の過程でこれまでに出てきた特定のユーザーの隠語や、立ち居振る舞い、行動などを指摘していかざるを得ない。勘違いしてほしくないのだが、今回の狙いは「人力検索という閉じられた世界の中で何を正義としていくべきなのか」を探ることだ。個別の例示はその検証ために紹介するが、その意図のため今回IDコールは一切行わない。また現役ユーザーの中に該当する方がいるかもしれないが、alpinixは個人攻撃をするつもりは無いので特定した書き方は行わない。
 
本書を読みながら人力検索の現状を振り返ると、この先人力検索を利用していく上で避けて通れないのが不良回答や一部のユーザーに不快感をもたらす類の質問を行う人力ユーザーの問題だ。
規約の件は別におくとしても、ユーザーが何をもってそれら行為を悪とみなすのか、正義に組する行為とみなすのか、これからの人力検索を考える上では重要なことだと思う。数の論理や市場原理では解決できないものがあるかもしれないからだ。
 
まず分けて考えるべきと思われるのは、「質問者」と「回答者」の区分けだ。人力検索は恐らく国内ではほぼ唯一といっていい、「検索の労力や回答者の知識の提示行為にポイントという対価を介在させたQAサイト」である。

質問者は不明な情報を求めるためにポイントを支払う。
回答者は自らの知識・検索能力・作業時間を提供することでポイントという対価を貰う。
 
一見この図式は功利主義そのものに見えなくも無い。だがそうではない(とalpinixは考えている)。
もちろん、参加者にはそれぞれ欲がある。(悪い意味ではない)

  • ある質問者は仕事で使う調べ物を手間をかけずに調べたいと思い、
  • ある回答者は自分の検索能力を誇示することに喜びを感じ、
  • 別の質問者は自分の論理力を設問作成で誇示しようとするし、
  • さらに別の回答者はポイントを貯めることを目的としてできるだけ多くの質問に回答を投下するだろう
  • あるうごめも出身ユーザーはカラースターを購入する手段として回答を行う場合もあるだろう

 
間違ってはいけないのは、「ユーザーが何かしらの損得を目当てに人力検索を利用している」ことを否定してはいけない、という点だ。
ポイントが目当てなのか、名誉が目当てなのか、ただの暇つぶしなのか、動機は人それぞれだと思うが人力検索に参加する目的に損得感情が見えることをもって、悪だと決めることはできない。それは人力検索のシステムそのものを否定することになってしまうからだ。

 ポイント欲しさに大量の回答をするユーザーがいるからと言って、そのユーザーを責めることはできないし、
 自分には関係の無い質問を何度も投下するユーザーがいても、その行為そのものを非難することは筋違いだろう。
 
ここで考慮すべき点は、人力検索が円とほぼ等価のはてなポイントを対価として質問者から回答者に渡される仕組みだ。ポイントを対価としているシステムなのだからポイント目当ての行為を否定しては成り立たない。知識や検索能力を問うサービスなのだから、その能力を否定する行為もまた本末転倒だろう。だからといってポイントを介した功利主義のみが人力検索を動かしているわけではない。
ポイントの行き来は質問者優位の状況を担保し、Q&Aサイトの主導権を質問者側から離させないことに貢献してはいるが、ポイントの多寡でいい回答が集まると決まっているわけではなく、いい回答だったからといって高ポイントが貰えるとは限らない。
 
人力検索がポイントを介した市場原理だけで回っているわけではないことの説明として、功利主義だけであれば発生しない不満「ポイントゲッター」という蔑称が存在したり、自分のポイントを使って質問している質問者であっても、その質問が不快と感じられる場合は非難混じりの回答やコメントが行われたりすることがあります。
例えば、主義主張を繰り返す質問や他ユーザーを貶める質問には非難が集まったり、逆に回答を敬遠される傾向がある、といったことだ。 
 
定期的に発生する不良回答者による低質な回答の連投や、多重アカウント問題、同一質問者による連続質問投下など、を振りかえって真面目に検討してみると、人力検索における正義っていったになんなんだ? という思いを感じずにはいられない。幸いなのか残念なのか、運営サイドからこの手の告知がなされることはめったになく(中には人知れず処分されたユーザーもいる)、恐らくこの先も規約改訂以外の告知は行われないだろう。

そこでユーザーの反応や自分自身が考えてきた内容をまとめ、検討してみることでこの難問に立ち向かってみようと思う。
 
前置きが長くなったが、本論は多分もっと長くなると予想している。この文書は数日かけて練り直すことになると思うので、本文が書き掛け状態のエントリーにぶつかった方は日を空けて見に来てもらえれば幸いだ。
 
 
 
◆質問者の正義◆


質問者と回答者に分けて考えてみたのだが、ここで面白い背反律があることに気がついた。

まずは質問者の行動から見ていくことにする。

  

人力検索の質問者は「身銭を切って質問をしている」面があるので(企業ユーザーはちと異なるが)、非難をうける局面が少ない、と思われます。「身銭を切っている」のだから、質問者の行動には自由至上主義が成り立つのではないか、と判断されている局面が多いようにも見受けられます。多少の愚問であれば、「お金を払っている質問者の自由」なのではないか? というもの。この点は後ほど検証します。

 
キャンセルの正義
一方、「身銭を切る」が仕様となっていることから、キャンセルに対する非難は常に付きまといます。ポイントの多寡に関係なく、キャンセル行為は回答者の作業に対する駄目出るし行為だからです。ポイントを払うのが"通常"の流れであり、キャンセルは"異常"な状態と見られることが多いのです。そのためキャンセルには一定の大義名分を求められる傾向が強いです。(そもそもポイント流通の無いQAサイトであればキャンセルという概念自体も存在しないのだ)

回答者の労力・知見に対する対価としてポイントが存在するので、功利主義の面からみてもキャンセルは非難されることと思います。


(回答が付かなくてキャンセルとなった場合は、検討の余地はないのでそのパターンは省きます)

ご自分が「回答者だっとしたら」「質問者だったとしたら」と当てはめて考えていただければと思います。
パターンA:有効な回答が集まらなかったと質問者が判断してのキャンセルの場合

客観的に判断が可能な「他人の回答のコピペ」「無意味なURLの連続投稿」「無意味な商品紹介のはまぞうリンク」等しか回答に無かった場合は判断は容易ですが、それ以外の場合は議論が発生します。究極と問いとして有効かどうかは結局のところ質問者にしか判別ができないからです。

・設問の設定に穴があったのではないか?

・完全解決はしていないが、質問者の意図は汲まれた回答で、有効ではなかったのか?

場合によっては、質問者-回答者間の論争に発展する場合もあります。

例えば、設問に「来週○日、札幌出張です。お勧めのホテルを紹介して下さい」とあったとして、幾つかの回答で魅力的と思われる回答がついたとしよう。「雪祭りのため紹介いただいたホテルは全て○日の予約は不可と言われました。キャンセルします」となったらどうだろう?

 

回答者は質問者がどこでどうやって購入するのかまで判断できない。だが結果的に質問者の益にもなっていない。(泊まる部屋は見つかっていないのだ)

この場合はキャンセルした質問者と、部屋予約まで確認しなかった回答者とどちらが責められるべきなのだろうか? 質問者にとって有益かどうかは回答者からは判断ができない。設問の条件をクリアしているかどうかが判断の基準となることが多いので、この場合は「設問の設定が甘かった」と判断する場合が多いのではなかろうか。
そもそも「ホテルが予約できるかどうか」は人力検索の機能ではない。

もし設問に「※確実に当日宿泊可能なホテルのみ紹介下さい」等の但し書きが最初からあったとすれば、そもそも回答者は検索をやめるか、予約確認まで行ってから回答しただろう。人力検索に求められているのは情報=知の提供であって、ホテルの予約をするサービスではないからだ。

パターンB:有効な回答が集まったにも関わらず質問者がキャンセルした場合。

過去にキャンセル問題としてなんども提起されているが、こちらは正義の判断自体は容易だ。

だが、何故有効な回答が集まったにも関わらずキャンセルをしたら駄目なのだろうか?


サンデル流にまずは功利主義で考えると、「有効な回答があつまったにも関わらずキャンセルを許していたら、次からは優良回答者が集まらなくなる」からだ、と言えるだろう。確かにそれは正しく思える。では回答者は何故キャンセルを好まないのかというと、ポイントがもらえない、取得率が下がる、といったことだろう。
人力検索の今後に良くない影響が起こると誰でもが容易に想像できるからだ。

では同時に発生するコメント欄の問題とも併せて考えるとどうだろう?

 

回答欄には設問内容に沿った回答Aが集まった。

しかしコメント欄にはより優秀で誰が見ても適切と解釈しうる回答Bが投稿された。

結果として質問者は質問をキャンセルし、コメント欄に投稿したユーザーにポイント送信を行った。
(その行為がコメント欄への書込みなどによってユーザー全員に周知されたとしよう)

質問者の意図した回答は得られている。求められた回答をコメント欄に記載したユーザーには対価としてポイントを受け取っている。

功利主義的に考えると「今後コメント欄に回答を入れるユーザーが増える、回答欄に真面目に回答するユーザーが減るから問題だ」となるのだろうか。
そもそも優秀な回答Bが解答欄に入っていたとして、質問者が配点を回答Aに0point 、回答Bに100pointとつける行為と何が違うというのだろうか?

貴方が回答Aを投稿したと想像して両方のパターンを考えて欲しい。
 
私の答えは「それでもキャンセルは間違っている」だ。無効な回答しかなかった場合は別問題だ。(後述する犯罪関連の質問と同じく、論外、といっていい)
これは回答者の尊厳を守るためだと言っていい。質問者も回答者もユーザーIDという記号に守られた個人だ。(サブアカの問題があるので唯一の個人とは特定できないが)質問者と回答者はポイントの受け渡しという行為により上下関係(主従関係とも言える)を定義されているが、相手の人格を否定する行為は許されるべきではない。
キャンセルは質問者が回答内容を完全に否定する行為だ。
相手のユーザーを尊重しない行動に正義はないとalpinixは考えている。ゆえに「無意味なキャンセルは許されない」と思うのだ。後に続く質問に悪影響がある? それもあるかもしれない。だが、根源的にはネットだろうが、というかネットだからこそ尚更、相手のIDを尊重すべきなのだと思う。


「何でもいいので回答してください。必ず全部開いて均等オープンします」
という質問があったとしよう(現実にあったが)。
 
ちょっと人力検索をかじった方なら、この質問がどれだけ質問者にとって論外なことをやっているかはすぐ理解できる(何を書かれてもキャンセルせずにポイントを配分しなければならないからだ)。
毎度毎度、この手の質問が上がるたびに一般的な質問なら「無効な回答」と言える回答が大量に投稿される(中にはそれでも質問者を何とか満足させることを狙った回答もあるが)。
もしこの質問についた解答が全て「何でもいいと聞いたので書きました(はあと)URL://だみー」が100件だったとしよう。そして質問者がキャンセルしたとする。
 
回答者の立場からみてポイントが配分されないのはおかしい、と100%の自信を持って質問者を非難できるだろうか?
 
逆に、設問の通り解答したのだから質問者がキャンセルする行為は許せない、と全てのユーザーが感じるだろうか?
 
以下下書き中

今週のお題「理想の住みか」

ダイアリーを更新したタイミングであがっているお題は、極力書くようにしているのだが、今週のお題はなかなか難しい。今回reikonさんを満足させられるかは自信がない。
 
日本人にとっての理想の住みかは「一戸建て」なのかな? とは思う。
超高層マンションやコーポラ、シェアハウスなんてのも最近は選択肢としてふえてはきたけど、「大改造○○!」なんていう番組が流行るくらいだから、まだまだ根強いのだろう。
 
そういう意味ではalpinixは現時点で、理想の形に近い状態にはきていると思う。
でも理想か? といわれると自信はない。それなりに自分たちの理想を当てはめてはみたし、全体としてもまあまあ満足はしているが、住みかってのはライフスタイルとともに変遷していくものだから、爺になったときの理想が今の住みかかといわれれば違うと思う。
 
そういう意味で理想の住みかはどんなのか? といわれれば今の自分ならば、これが究極の形なのかな? と今は考えている。